How to Make (Almost) Anything (ほぼ何でもつくる方法) 2010年度 体験記
田中浩也 /慶應義塾大学環境情報学部准教授・マサチューセッツ工科大学客員研究員・ファブラボジャパン
MITメディアラボでは、ニール・ガーシェンフェルド教授による人気講座「How to Make (Almost) Anything (ほぼ何でもつくる方法)」が毎年秋学期に開講されている。
ニール・ガーシェンフェルドは、当初このクラスを、ごくごく少数の大学院生に、研究に使うための3次元プリンタ、カッティングマシン、ミリングマシン等、 機材の利用方法を教えるための演習として考案したという。しかしながら、初年度、初回授業の教室に行って彼は驚いた。MITの内外から100名を越える人 々が押し寄せ、「こういう授業をずっと待っていたんだ」「お願いだから受講させてください」と口々に嘆願されたというのだ。
初年度の授業の最終課題作品のひとつである「スクリーム・ボディ」は、ニール自身も、ファブラボ紹介プレゼンの中で良く引き合いに出す。これを作ったケリーは彫刻家であり、電子工作やプログラミングの前提知識は全くなかった。理系の背景も素養も全くなかった。しかしこのクラスのなかですべてを学び、外装設計から内部機構、電子回路、プログラミングまでのすべてを独力でやり遂げたという。
この突飛なアイディアのプロダクトは、彼女自身が自分で作らない限り、他の誰かがつくってくれる可能性は全くないものである。しかし彼女は他の誰のためでもない、自分のために、自分でこれをつくり、そして使用者ともなった。
他にも事例は尽きないが、こうした履修生とのたくさんの出会いの中から、ニールは、「ものづくり」が、言語や情報コンテンツの制作に代わって、新しいリテラシー、すなわち「自由に自分自身を表現するための手段」になってきていることに確信を持った。電子工作が、手芸や工作と同じ生活文化レベルにまで消化されてきていることにも確信を持った(たとえば、MIT Media LabにLeah Buechley率いるHigh-Low Techグループができたのもこうした流れである)。
大量生産や規模の経済といった制約に阻まれて今まで実体化されなかったもの、分業化・分断化されていたために多くの企画会議や承認を経なければ「も の」にまで到達しなかったものが、これからは「自力で」つくれるようになる。何よりも、人々自身がそれを望んでいるということに確信を持つようになった。 インターネットの初期に謳われた「一億総表現社会」は、文章や写真・映像や音楽といった情報コンテンツの領域においては既に達成された。次にやってくるのは、そのものづくり版、「一億総工作社会」である。そしてそれは、真の意味で消費者が生産者になる、「パーソナルファブリケーション」時代の到来でもある。
アフガニスタンのFabLabとMITの共同プロジェクト:Fab-Fi
先進国における人々の願望が「自分の欲しいものを自分でつくること」=パーソナルファブリケーションという「成熟」に向かっているのだとして、一方、途上国ではローカルな問題の解決のために適切なものをつくること、つまり「街医者」のようなデザイナーが求められている。たとえばアフガニスタンで作られているFabFiや、インドでつくられている発電機、アフリカで作られている水槽タンクなどは、そうした事例である。こうした途上国の実態は「世界を変えるデザイン」で一般にも広まった。しかし実際にそのような現場で仕事をするには、必要に応じて限られた材料や道具から「ほぼあらゆるものをつくることのできる」高いものづくり能力が必要とされる。それが「町医者のような」デザイナーになるための、もしくは「国境なきデザイナー団」を編成するための、「医師免許」のようなものである(本当は、「世界を変えるデザイン」というより、「世界を変えるエンジニアリング」、いや「世界を変える”ものづくり”」という呼称が一番適切である。)
先進国では「自分の欲しいものを自分でつくれるようになること」が新しい自己実現のかたちとなり、途上国では「必要に応じて(ほぼ)あらゆるものを作り出せるようになること」が今まさに社会に必要とされている。このクラスはその2つの要求水準に跨ったものである。
※実はこのクラスは「ファブラボ」の世界展開と密接に関係している。世界のファブラボを切り盛りするファシリテーターは、このクラスか、もしくはこのクラスと同等の内容をリモート中継で教える「ファブアカデミー」のうちのいずれかをやり終えた卒業生達である。つまりこのクラスを終了することで、あらゆるツールの使い方に精通し、「(ほぼ)あらゆるものをつくる」ことのできるファブマスターないしファブマイスターになれる。そうなれば、ファブラボにやってくる人たちのどんな相談にも乗ることができる。「そういうものがつくりたいのならば、このツールとこのツールをこんな風に使って、組み合わせて、こんな風にするといいよ・・・」的な。「(ほぼ)あらゆるひと」にものづくりのアドバイスを送ることができるようになる。ファブラボを本当に切り盛りするには、実質的に、この水準のスキルが必要とされるのだ。僕のイメージでは、これは「大工の棟梁」に近い。
"How to Make Almost Anything 2010"最終講評会の様子
さて、私は2010年度、慶應義塾大学の福沢基金という制度で、マサチューセッツ工科大学に客員研究員として滞在している最中であった。滞在目的は大きく2つ。ひとつは日本に初のファブラボを立ち上げる準備をすること。もうひとつは自分自身の研究であるオープンソースデザイン(特にオープンソース住宅)の開発を進めることである。MITにおいて私は学生の身分ではないため、正式には単位目的で授業を履修することはできない。しかし日本に初のファブラボを立ち上げるために必要なスキルを得るため、ぜひこの授業を履修しておきたかった。しかも「聴講」ではなく、ひとりの学生として「履修」したかった。
一度、教員になってから再び学生に戻るのは、正直、勇気がいることでもある。しかし、一度教員になったからこそ、そこでもう一度学生に戻ってみる と、過去(本当に「学生」だったとき)には分からなかったことが沢山分かる。教育のスタイルも良く分かる。そして、今の自分がどこまでMITの現役大学院生と「ものづくり」で勝負できるのかを確かめたいとも思っていた。ソフトウェアにせよハードウェアにせよ、ものづくりはスポーツに近い。しばらくやっていないとすぐに腕が落ちる。 さらに、近年では、ツールが数年で加速度的に進化するので、常に自分の技能をアップデートしていない限り、技術の進歩に着いていくことさえもできないのだ(たとえば、僕が学生の時に使っていたソフトはほとんどいまでは使えない)。新しい技能を習得するにあたって、たぶん年齢的にはギリギリの線だろうな、とも 思っていた。
「ほぼあらゆるものをつくる」ために自分の技能をリブートする、そのためにもう一度学生に戻り、この授業を履修したい。そんな思いをニール・ガーシェンフェルドに伝えたのは8月のアムステルダムだった。そのとき、ニールや僕は、世界ファブラボ代表会議「FAB6」に出席していた。彼の回答は「初回授業に来てみてよ」だった・・・・・。以下に記すのは、この授業の体験記である。
授業スケジュール:
"How to Make Almost Anything 2010"最終講評会の様子
第1週 2010年9月13日: 初回ガイダンス+デザイン・ツール(ソフトウェア)
3限
初回ガイダンスは、やはり100人~200人くらいが詰めかけていた。MITの学生、ハーバードの学生、それからどうみても学生には見えない方々 (笑)も沢山いた。ニールガーシェンフェルドはこの授業の概要を説明した後、履修選抜の仕組みを説明する。一度に機材を使える人数が限られている以上、ど うしても履修選抜をせざるを得ないこと。しかし今年は、建築学科の中にもCNCマシンやレーザーカッターといった一通りの機材が揃ったので、例年の2倍の履修者を受け入れ、「メディアラボで作業をするグループ」と「建築学科で作業をするグループ」の2組に分けて演習を行うこと。
履修選抜はレポート課題で、そこに自分のバックグランドや動機、そしてこの授業でつくりたいものを書くというものであった。しかし彼はこうもいった。「くだらないもの(Silly)とまじめなもの(Serious)のバランス、アーティスト肌の人とエンジニア肌の人のバランス、初心者から上級者まで、など、多様性と組み合わせでクラスの構成員を選ぶ」と。
なるほど、ここでの方針はひとりひとりの可否を個別に判定するというのではなく、履修者グループ全体がチームとして有機的にワークするかどうかを考えるというものであるらしい(サッカーの代表監督みたいな気分なのだろうね)。この授業はグループワークではない。すべてが個人課題で、個人作品である。しかしながら、知識の交換や助け合いは日常的に起こる。他者とかかわりあい、教えあいながら、「各個人がそれぞれのゴールを達成できるようにする」、というのがこの授業の方針である。そうした他者とのかかわりあいができそうな人を選ぶという。
4限
さて普通ならこのガイダンスのみで本日は解散、となるところだろうが、なんとここから授業が始まる。履修選抜レポートの締め切りは3日後で、その後すぐに履修の合否を判定してメールするから、合格の通知をもらった人は来週月曜日までに次の課題をやってくるように、というのだ。
初回講義は「デザイン・ツール」(ソフトウェア)。フリーのものを中心に以下のツールが紹介される。
2D design(raster) GIMP,Photoshop,MyPaint
2D design(vector) Inkscape, Illustrator,oodraw,QCAD,Layout
3D design cad.py, fab modules,OpenSCAD,FreeCAD,Blender, Art of Illusion, SketchUp, Rhino, Grasshopper, SolidWorks, Catia, Pro/ENGINEER, AutoCAD, Maya, Inventor,Alias, 3ds Max,I-DEAS NX,AC3D
modeling: COMSOL,COSMOS,ANSYS,Nastran
さらに、このクラスでは、毎週の課題作品とそのすべての制作プロセスを、ウェブサイトにまとめて授業前までにアップロードしておくこと、というルールが設定される。これは、履修選抜に落ちた人も自分で学習ができるようにしておくためと、MITに来れない世界中の学生にも知識をオープンにしておくためであるという。そのための分散管理システムとしてMercurialが導入された。全員、これをインストールして(私はWinなので、Cygwin上に)、同じリポジトリを共有しつつ、学期をかけて記録(ウィークリーレポート)をつけていくことになった。
来週までの課題は「このクラスでつくる最終作品の2次元/3次元モデルを描き、レンダリングし、アニメーション、シミュレーションさせてくること」と発表された。
※当然、CADやソフトウェアの使い方などの細かい手ほどきは一切ない。一切説明されない。やったことない人は、それらは自分で勝手に学んでこい、と いう意味なのだ。私はかねてよりRhinoやSketchUpをつかっていたので当惑しないですんだが、他の人はどうだったのだろう。建築系の人はモデリングは得意だろうし、機械系の人もSolidworksは多用しているようだ。この課題で一番困ったのは、きっと、「かたち無きもの」を作っている、イ ンタラクションやソフトウェア系の人々だったろうと思う。とはいえ、MITの学生は1週間あれば自学自習でなんでもやってくるのだが。
"How to Make Almost Anything 2010"最終講評会の様子
第1週 3日後
運よく履修合格通知が届き、さっそくその日の夜、合格者のみのサブセッションが行われた。実はこのクラスは、こんな週間スケジュールになっている。
月曜日3時限~4時限 メイン講義
3時限:履修者それぞれによるウィークリーレポート発表
4時限:ニール・ガーシェンフェルドによる講義
だいたい火曜日3時限~4時限 サブセッション・ラボセッション
TAによる、ツールの使い方説明、ガイダンス。TAは毎週変わる。
水曜日6限 サプリメンタル・トーク
How to Make Almost Anythingに関連する研究をしている人々によるトーク。Prof.Meejin Yoonによるコーディネイト。
木曜日~土曜日 毎週2時間ずつくらい 履修者自身で得意分野を教えあい、助け合うための「サブゼミ」。
ないしみんなで集まって一緒に作業。
それ以外に、履修者メーリングリストで、大量の質問と回答(毎日!)
「ひとつの授業」がなんとこの総量である。週50時間以上は確実に費やしていただろう。実際の生活は、月曜の授業が終わった後、火曜日にその週のツールの手ほどきを受け、つくるものを決め、水曜日の夜にはトークを聞き(これがとても刺激的だったと同時に、私にとっては一服の清涼剤だった)、木曜日から日曜日ま ではほぼずっと作業、日曜日の夜になんとか完成させて、おおいそぎでウェブをアップ、わずかながら睡眠をとって月曜日の3限になんとかウィークリーレポー トを発表・・そこで一安心と思いきや、即、来週までの課題が発表されて、何か面白い案を考え出さなければいけないという重圧がやってくる・・・・という、 息つく暇さえない、人生で最もハードなものになったのだった。正直、私の年齢でもう徹夜はきつい。(実際には、もうひとつ、ラリー・サスのデジタルファブリケーション建築設計のクラスもとっ ており、そらちでも毎週課題を提出する必要があったから、なおハードだったのだが・・・)。
しかし、後から分かることなのだが、こうした過酷なプロセスを共有していくなかで、しだいに、履修者のなかで連帯意識が生まれてもきた。競争と共創の最も心地よいバランスとでもいおうか。
実際、学生同士がお互いに得意なことを教えあう「サブゼミ」はとても効いていた。履修選抜合格者の専攻が多岐に富んでいたことの効果だろうと思う。MITメディアラボの大学院生は、たいがいエンジニアリングをバックグラウンドに持つが、それでもソフトウェア系の人間とハードウェア系の人間がおり、得意な領域は少しずつ違う。ロボット系、メカニカルエンジ ニア系もちらほら。建築学科の学生も半分くらいいる。建築は、MITのみならず、ハーバードGSDからも受講生もいた。建築の学生はやはり立体感覚に優れ ており、美意識も高い。それからMITのVisual Art & Cultureスクールの、アート色の強い女性が数名(彼女らは、とても、エモーショナルなものをつくる)。エンジニアから、アーキテクトから、デザイナーから、アーティストまで。それぞれ個性があり、取り組み方に違いがありつつ、共通しているのは「何かをつくる(FAB)」ということだ。
クラスメートは皆限りなく優秀だった。FireFlyの開発者であるAndrew Payne (ハーバードGSD博士課程1年)、Electric Origamiの秀才 Jie Qi(メディアラボ修士1年)はクラスメートのなかでも特に目立っていたと思う。それからハンガリー・ブダペストにFabLabを構想中のDavid Lakatos、ボストンのFabLabを長く取り仕切っていたEd Baffyもいた。国際色も豊かだった。クラスメートの出身国は、エジプト、イスラエル、中国、チリ、ギリシャなどなど。約半数が留学組、残りの半数がアメリカ人である。TAも、the Very ManyのSkylar Tibbet、Arduinoの開発者でもあるDavid Mellis、そしてCenter for Bits and Atoms(ニール・ガーシェンフェルドの研究室)の所属メンバー、David Carr,David Cranor, Nadya, Jonathan, Rehmi, Max, Kennyと、その分野では名の知れた、若き天才たちが集った。そうした人たちと3か月を共に過ごすことができたのはとても幸福だったと思う。
初の履修者顔合わせとなった、この日の最初の自己紹介では、まだそこまで一人ひとりのことをよく理解できていなかったけれども、この輪の中にいることを有難くは思った(あとはMercurialに必死だった)。
※自主的なサブゼミ: Blender (kenny)
"How to Make Almost Anything 2010"最終講評会の様子
第2週 2010年9月20日 ビニール(ペーパー)カッター、レーザーカッター (造形1)
3限
初めてのウィークリーレポート。最終課題作品案の発表と、自分自身のバックグラウンドや持っているスキルの発表。私はRhinoでモデリング、 Brasilでレンダリングした静止画像と、Processingでつくった動的なシミュレーションプログラムを作っていった。本当はここに Blenderでつくったアニメーションが加われば完璧だったのだろうが、その時間をつくることはできなかった(あとで是非やりたい)。
最終制作案は"Walking Plant"。水や光を求めて全方向に移動が可能な植木鉢である。前から機会があればプロトタイプをつくってみたいと思っており、ノートに書き留めてあった構想である。全方向移動には、自作オムニホイールを使うことをこの時点では想定していた。
"Walking Plant"の初期イメージ
ところで、いきなり初回発表が「最終課題の案を発表する」というのはチャレンジングな授業構成だ。これはつまり、 「何を作るか」をじっくり考えるようなアイディア出しの時間はこの授業では取らないという意味であり、この点でIDEO流の「デザイン思考」系の授業とは 全く異なるコンセプトであることが分かる。「How To」なのだから、「どう作るか」を軸に据えているのだ。そして、「何をつくるか」は、ツールや素材から発想(逆算)して考える。フィールドワークやマー ケティングからではない。これには様々な議論や異論もあるだろうが、デザインエンジニア教育には僕はこれが必要だと思う。
なぜか。よくある(日本の)学生の失敗は、「何を作るか」をじっくり考えてアイディアが出来上がっても、いざそれをプロトタイプとして具体化する段になってその実装スキルが無く、仕方なく必要に応じてそのスキルを学んでいるうちに、どんどん時間が経過し、そうしているうちに最初のアイディアの新鮮さが 本人の中で失われてしまう、というケースだからだ。僕はSFCでそういったケースを山ほど見てきた。プロトタイピングの強固なスキルがあれば、アイ ディアが出れば1週間くらいでファーストプロトタイプをつくってこれるようになる。そうすれば、アイディアが新鮮なうちに、その期待感とともに「もの」に外化できる。そうなればプロジェクトは走り出す。
しかし、それができないと、アイディアが固まったあとの作業は、ただの苦痛な「実装」時間でしかなくなってしまう。頭の中ではいきいきと動いていた案が、実体の「もの」としてはなかなか動いてくれないからである。そうしているうちに、初動のワクワク感が死んでしまう。
実はプロトタイピングは、アイディア自体を発展させる時間でもある。ものに外化することで思考が影響を受けて、また新たなインスピレーションを獲得することができる。だから本当にあるべき状態は、プロトタイピングをしながらアイディアを微修正し、アイディアを微修正しながらプロトタイプを作り、最終的に、「コンセプト」と「もの」が同時に出来上がるようなプロセスを自分の中につくることなのだろうと思う。それは車輪の両輪のようなものだ。コンセプトができてから実装するとか、実装してからコンセプトをあとづけするといった、順序構造をつくり分断するようなプロセスは僕にはあまりなじめない。さらにひどいのは「外注」で、これはもはや、プロトタイピングをしながらアイディアを育てていく時間を自ら放棄しているようなものだ。
ここに僕が指摘したような理想的なものづくりプロセスを実際に実行に移すためには、概念やアイディアをつくるのと同じくらいのスピードで、「もの」をつくれないといけない。「ラピッド・プロトタイピング」は「ラピッド」でないと意味が無いのだ(※建築家が大量の模型をつくるのはその意味で納得がいく)。まるで料理のように、思考をすぐに「もの」に転写できるように。
(日本に輸入されている)IDEO流のデザインプロセスは、若干、アイディアを偏重し実装を疎かにする傾向があるように思う。だから「着眼点はいいが、落とし込みが駄目」というNGケースが頻発する。この講義のプロセスはその問題に対して一石を投じている。「What to Make」は個人に任せ、授業で扱うのは「How To Make」のみにフォーカスするのだ。とにかく毎日・毎週「つくる」ことが課される。それは心地よいプレッシャーだ。
4限
来週までの課題は「ペーパーカッター(ビニールカッター)とレーザーカッターを使って、コンストラクションキットをつくる」である。コンストラクションキットとは、LEGOのようなブロックのことであり「ふたとおり以上の組み立て可能性をもつモジュール群(ひととおりしか組み立て方がないものはだめ)」である。
ペーパーカッターは、さまざまな種類の紙を切ることができる。エポキシ、銅箔、サランラップ、シール、シート、和紙・・・・。レーザーカッターも、アクリル、段ボール、木、フェルト・・・・といくらでも可能性は広がる(ただしPVCだけは毒性があるので駄目である)。
MIT FabLabのペーパーカッターはCraftRoboではなくRoland、レーザーはEpilogではなくUniversalである。実はこれらの機械で面白いのは、裏技が開発可能なことなのだ。2度切り、3度切りは当たり前なのだが、たとえば、表裏を裏返しての2度切りで段ボールの両面に切り込みを入れる技。糊をつかって紙を貼りこんでしまう技。もっといえばCraftroboのニードルヘッドを自作で改造してしまうなんていう手さえある。こうやって機器をカスタマイズして遊んで行くって実に楽しい。
Center for Bits and Atomsの「ペーパーコーナー」。あらゆる種類の紙が常備されている。
自主的なサブゼミ: Rhino+Grasshopper (Andy?)、Milling (David)、Cutting (Jonathan)、Etching (Max)、Laser (John)
(水曜日)
毎週水曜日の夕暮れは「サプリメンタル・トーク」があった。これについては、毎週に分けず、ここで一気にまとめて書いておきたい。以下のような講演スケジュールだった。
MAS 863 'How to Make Almost Anything' Supplemental Talks*
*Vincent Guallart, Director of the Fab Lab Spain
*Mark Feldmeier*, Research Affiliate Responsive Environment Group, PhD MIT Media Lab "Building Responsive Environments"
*J. Meejin Yoon*, Associate Professor, Department of Architecture, MIT "From Prototype to Public Space (post MAS 863): Interactive Installations"
*Dennis Sheldon*, Associate Professor of Practice, Department of Architecture, MIT (Gehry Technologies, Parametrics, CAD CAM)
*Johnathan Ward*, Center for Bits and Atoms (Machines that Make)
*Erik Demaine*, Associate Professor, Department of Electrical Engineeringand Computer Science, MIT(Mathematics, Computation, Folding)
*Ara Knaian*, Computer Science and Artificial Intelligence Lab / Center forBits and Atoms(Motors)
*Sangbae Kim, *Assistant Professor, Department of Mechanical Engineering,MIT (micro robotics- stickybot, spinybot)
*Neri Oxman*, Assistant Professor, Media Lab (material ecology, casting, printing)
*Ron Weiss**, *Associate Professor, Department of Electrical Engineering and Computer Science (synthetic biology) t.b.c.
*Mark Goulthorpe*, Associate Professor, Department of Architecture (kinetic architecture, composite materials) t.b.c.
*Saul Griffith*, PhD MIT Media Lab (Squid Labs, inventor, material science, MacArthur Fellow) t.b.c.
*Jonathan Bachrach*, PhD MIT Artificial Intelligence Lab (programmable matter, coded folding) t.b.c.
これに加えて、建築学科主催のトークなどで、Alejandro Zaera-Polo、Maya Lynn、Lisa Iwamotoの話も聞くことができた。
水曜日、日が暮れてから、なんだかゆるい雰囲気でこのトークを聴く時間がなんともいえず好きだった。
しかし興味深いと思ったのは、この人たちがみなデジタルファブリケーション、デジタルマテリアリティという線で繋がっていることだ。建築からインスタレーション、折り紙、ロボットから、生物学の研究者までの多様なラインナップだというのに。このトークは今年から始まった企画らしく、とてもラッキーだった。
MITでは、Center for Bits and Atomに限らず、どこも完全にBitではなくAtom再考の流れで研究が進んでいるようだ。しかしなんと充実したトークだったことか。このトークをアレンジした、Meejin Yohnは偉いと思う。
第3週 2010年9月27日 小型ミリングマシンと電子工作
3時限
ウィークリーレポート。コンストラクションキットの発表。僕はかねてから気になっていた問題、オープン(リ)ソースファニチャーのフラクタルLシステムとGIKキットを合成する方式を考えていった。題してフラクタルGIK。Processingでデザインツールまでは実装したが、ただ、きちんとかたちにまで落とす時間はなかった。他のメンバーの提出物はさまざまだが、やはりこの種の課題だと建築系が強い。AndyやMasoudの発表が印象に残る。Dinaの回転機構も面白かった。しかしなんといってもこの週、度肝を抜かれたのはDemitrisのギア機構だった。アクリルでギアまで作れてしまうとは。
課題提出作品「Fractal GIK」による造形サンプル
4時限
来週までの課題は、「電子回路の制作」。FabIsp(AVRライター)を つくってくること。以下の3つの技法+はんだづけ(stuffing)を習う。第一の手法はMilling。モデラ(MDX-20)を使って、銅板を削りだ す。第二の手法はCutting。ペーパーカッターを使って、銅箔を切りとる。第三の手法は、Etching。化学反応で回路を残す。このうち、一気に大量の回路を生産できるのはエッチングである。Millingセッションでは、CBAのDavid Carrが開発中のデザイン・マシン=$100モデラ"Mantis 9"の紹介があった。モデラより圧倒的に早いうえに、自作である。学期中盤でこれを自作するセッションも設けるという。
さらに、Eagleという電子回路デザインのソフトを覚えて電子回路を構成してくることという課題が加わった。電子回路の基礎を学び、回路を起こし、自分で板をつくり、はんだづけする。Arduinoは絶対に許されないという。
この「Arduino禁止問題」はしばらく考えていたのだが、授業が進むにつれてその意義がはっきりしてきた。その理由は大きく3つある。
ひとつめは、Arduinoが組みこめないタイプのクリエイションが確実にあるということ。たとえば、Jie Qiの折り紙回路などにはArduinoを組み込むことは絶対に出来ない。布に織りこむタイプのものもArduinoは合わないだろう。つまり、ある大きさの「箱」が前提となったプロダクトしか、本来的にはArduinoは合わないのである。しかし昨今のデザインエンジニアリングは、そうした「筐体」=機器類を収める箱形の容器、という前提自体を疑ってかかる必要性が出てきている。たとえばJie Qiは、紙回路を綴じた「本」をつくっているが、ここにArduinoがあったら興ざめだろう。
また、メディアアートやインタラクションデザインのデモでは、 ArduinoやPCを入れた箱を「裏に隠す」という方法をとっている場合も多いが、これは本当にナンセンスだ。こういった方法でデモを作っている限り、いつまでたっても製品レベルから遠いからだ。やはり「組み込み」ということにこだわらないといけない。そしてArduinoにさえ囚われることなく、プロダクトとしての統合度をマテリアルと回路から、その都度考えていくべきなのだろうと思う。そういった意味で、Arduinoから始めるのではなく、自作の回路をつくるところから始めるというトレーニングは実に効く。
2番目の理由は、Arduinoを使っている限り、「Arduino自体をつくる」というような、メタクリエイションには絶対に立ち入れないということである。 Arduino自身もある人間がつくったものであるし、その派生系―たとえばlilypadなど―を生み出すクリエイションも世界ではたくさん行われている(後で記すが、Ed Baffiが"Fabduino"というArduinoの派生形をつくってくれた)。いま、こうした領域で世界的に活動できている日本人は少なく、外国でも認知されているのは小林茂さんだけではないかと思う。Arduino自体をつくれるようになること―そのためには、もうひとつ上流から「つくる」を始める必要があるのだ。
3番目の理由は、もっと現実的な量産コストの問題である。「群」としてのデバイスをつくるというとき、たとえば、100機の小型デバイスを空間的にばらまくというとき、一体、Arduinoを100機購入するだろうか?1機や2機では価格にそう差はない(Arduinoを買ってもそうダメージは無い)と思う人だって、それが100倍になったら流石にコストパフォーマンスを考えるのではないだろうか。
電子回路のセッションは、建築系の学生が相当苦労していた。この手の課題では一気にメディアラボ勢が実力を発揮しやすくなる。実は意図的に、造形デザイン的な課題と、エンジニアリング的な課題を交互にサンドイッチして授業を構成しているらしい。つまり、隔週で、建築系とメディアラボ系のどちらかが勢いがでるようになっているのだ。
ちなみにFabIspが動くまでやり続ける「はんだづけ」セッションは、久しぶりに楽しかった。マルチメーターによるデバッギングも、慣れてくるとそこそこ楽しい。
第4週 2010年10月4日 PCB(電子回路)設計、切削、組立 (実装1)
3時限
FabIspの発表。今週の発表は「先週のモジュラーデザインの課題のように各々の創造性を表明するようなものではない」ということで、制作プロセスの中でどこが難しかったか、どこを失敗したか、を中心に各々が報告した。この習慣はだんだんかたちづくられていく。成功体験のみだけではなく「失敗体験」をノウハウとして報告しあい、共有するというのが、このクラスの重要な学びなのだ。
私のは銅板をModellaで削ってつくったFabISP。もうひとつ、エッチングでつくったものもあったがはんだづけまでをする時間が無かった。
4時限
来週までの課題は、「ウォータージェットカッターとショップボットで、何か”大きな”ものをつくる」。全員に、素材(OSBかフォーム)が配られる。実はこの週はメディアラボのスポンサーウィークがあったり、祝日があったりと、かなりばたばたであった。しかし家具作りの課題は楽しい。そして祝日の間は、 デザインマシン演習があった。David Carrのオリジナルミリングマシン"Mantis9"を皆でつくる演習を。精度が求められる加工ではあったが、彼が残してくれたウェブ上のインス トラクションをもとに、ひとつずつ慎重につくっていく。この後、このマシンがどこへいったのか、僕は知らないのだが、ここで「デザインマシン自作」の可能性を実際に目撃することになったこのことが、最終課題案変更(後述)にも影響しているのだろう。
自作デザインマシン"Mantis9"
ShopBot (Tom)、Water Jet Cutter (John)
第5週 2010年10月4日 ウォータージェットカッター、ミリングマシン (造形2)
3時限
この週、僕は「折り紙ファニチャー」をメディアラボスポンサーウィークで発表し、それをそのまま授業課題として発表した。素材はバーチ (1/2inch)、接合はピアノヒンジである(ちなみに、シナ合板が日本でしか買えないということを、僕はアメリカに来てから始めて知った。あんなに軽くて丈夫な木材他にないのに・・・・)。「スーツケースのような、本のような、折り畳みできる机です」というプレゼンをしたら皆面白がってくれたようだった。ところで、こうした動的な機構を含んだ家具などをうまくモデリングできるソフトはまだない。敢えて言えばCATIAがあるが、価格が高すぎる。今回僕 はRhino+Grasshopperで実装し、オリジナルのアニメーション書き出しソフトまでつくったのだが、もうちょっと一般的なものを ProcessingかOpenFrameWorksでつくりたいところである。
Origami Furniture Ver0.5
ちなみに家具つながりでもうひとつ。このクラスとは別なのだが、MITで、Larry Sassと一緒に、建築の拡張ファサードコンポーネントをつくろうとしている。ローカルな気候特性に合わせて環境を調節する機能を持ったもの。以下がその試作模型(一部)。
Neil Gershenfeledのクラスが、「電子工作寄り」のファブラボを展開するのに対して、Larry Sassのクラスは、「建築寄り」のファブラボを展開する。僕はその両極を自分のものにしたいと思っている。極小の電子工作から、極大の建築まで、スケールを横断してこそのファブラボだから。エンジニアリングからデザインまで、その幅を横断してこそのファブラボだから。
4時限
来週までの課題は、「電子回路にプログラミング」。FabIspをつかって、自作回路にプログラムを書き込む。ここでアセンブラとCプログラミングの説明。一気に懐かしさがよみがえる。アセンブラを書いていたのって・・・・・小学校5年生くらいのときだったと思う。スタックとか懐かしすぎるのだ(笑)。マイコンは、ここではAVRに統一しているようで、PICは無かった。
こうした電子工作の週で感動するのは、建築学科の学生たちが必死にプログラミングを学んでいる姿だった。サブゼミは2進数の基礎からはじまって、AND、OR、XORといった基礎の基礎からプログラミングまで。そうしたことをノートにとりながら一生懸命理解しようとしていた。なぜまたアセンブラから・・・と思う人もいるかもしれないが、「ビットがアトムに変換される根本原理」を知るにはやはりここからやるしかないのだ。
コンピュータをつくるには、ロジカルな記述(0と1)を、物理的な機構(たとえば電気であれば0Vと5V)に対応付けてあげる必要がある。ここが「デジタル」の世界と「アナログ」の世界の接点である。数の世界と物性の世界の境界面である。この境目の感覚を知ること。根本原理を理解すること。しかし、実はこの部分が、このカリキュラムの中で、もっとも「脱落者」が多い個所だという。デザインやアートから入ってきた学生はここが越えられないケースが多いらしい。しかしそれでもニールは、この部分を省略しようとしない。center for "bits and atoms"を標榜するニールとしては、数と物性が交わるこの部分は絶対にはずせないものなのだ。僕ももちろんそれに賛成である。これを知るだけで世界の見方が全然変わってくるから!アナログとデジタルの真の意味を理解すること。
MicroController Programming (Rehmi, David Cranor)
2010年10月18日 電子回路プログラミング (実装2)
3時限
プログラミング課題の発表。しかし実は僕はこの週、ラップトップコンピュータが壊れるという大トラブルに見舞われていた(なんとかデータ復活するこ とはできたのだが・・・・)。そんなこともあって、マイコンでつくっていったのはProcessingとシリアル通信する「Motivation Recoverer」。
4時限
次回までの課題は3次元スキャニングと3次元プリンティング。CBAには、 Dimension Eliteと、inVision、あと粉末硬化法のの3台の立体プリンタがある。3次元スキャニングはさまざまな方式がある。レーザーポインタを使って自作するDavidというソフトもあれ ば、David Lakatos自作のスキャナ、それからKinectまで。さらにはCTスキャナーで物体の内部機構をスキャンする方式までが紹介された。これを使って、 何か好きなものをスキャンし、そして物質化してくる。さらには、「オリジナルの3次元スキャナをつくってきたら、エクストラクレジット(追加得点)をあげるよ」とニールがいっていた。透明なボックスと牛乳、カメラをつかった画像取得の組み合わせでオリジナルの3次元スキャナを開発した人も過去にはいたらしい!
2010年10月25日 3次元スキャニング、3次元プリンティング (造形3)
実はこの週、僕はFabLabJapanの"Fab Cafe @ Tokyo Designers Week"のため、一時的に日本にいた。そのため授業には出席できていない。以下は、日本のFablabberに向けて、ニールとシェリーからもらったインタビュー映像である。
肝心の授業課題は、3次元スキャニングをMITで行い、3次元プリンティングを日本で行った。当初、植物の枝葉をすべてスキャンするつもりでいたが、結局のところ葉を1枚スキャンするだけに とどまってしまった。しかしこの問題はなかなか深遠なところがある。植物の葉の形状は、一枚一枚ほとんど違いはない。コピーしてもほとんど分からないくらいの微差だ。植物のかたちが全体として有機的に見えるのは、その配置と枝の曲線に寄っている。これはスキャンで取るしかない。
3次元スキャンした「植物」。
実世界のコピーを情報世界につくるためには、モデルドリブンの方法とデータドリブンの方法があり、それを適材適所で使い分けたうえで融合していくことが重要だ。本来は、植物のモデルを構築し、そこにスキャンした葉のデータを合成していくような作り方が理に叶っているはずだ。
ところで僕がいない間、MITでは、さまざまな3次元スキャニングのデモが行われていたようである。参加できなくて本当残念・・・・。そして日本から戻って次週までの課題を聞いてみたところ、「センサーで実世界を測定(Measuring)して、その結果をPC上に描画せよ」、という課題だったとのこと。ビジュアライザーをつくる。ちなみに、ニール・ガーシェンフェルドはPython言語を好む。彼のデモはPythonでセンサー値を表示するものだが、今回はProcessing, PureData, Max/Msp, あらゆるソフトウェアが許可される。
2010年11月1日 入力デバイス、センサー (実装3)
3限
個々が思い思いのセンサーをつかって実世界を測定し、それをPC上に描画する。僕は光センサ(Cds)の描画を試みたが、文字コードのトラブルが発生し、うまくシリアル通信ができていないようであった。日本から帰国して3日ほどしかなく、あまりにも時間が不足していたとはいえるが、唯一達成できなかった課題で、後悔が残る。実はこのあたりから、アセンブラ、Cといった言語でいちいちデバッグすることの困難を感じ始める。 また、毎回、回路を作り直すことのコストも気になり始める。ちょうどこの週に、Ed Baffiが、Arduinoの一派生系「Fabduino」を開発してくれたので、ここからはFabduinoに移行することでこの問題は全面解決。 FabDuinoのはんだづけのために、Zheと一緒に深夜まで作業したのも今ではいい思い出である。彼は「お互いの電子回路を交換して、マルチメータでエラーチェックをしよう」といった。おお、ペアプログラミングならぬペア電子工作。いや、確かに、自分のミスは自分ではなかなか見つけられないものです。いい提案ありがとうZhe。
4限
自習までの課題はモールディングとキャスティング、そして材料調合である。いわゆる「汚れ系」。まずはRhinoで型をモデリングして、Modella で固形のワックスにそれを切り出すか、ShopBotで大型のFoamにそれを切り出すかして、そこに好きな材料を流し込む。流し込む材料はSmoothCast や、Hydrostoneなど自分で選ぶ。流し込んだ材料が固まるように、空気に触れる穴を少しだけ残しておくことがポイント。材料の固形化を加速させるためには、 オーブンで温める場合も。
これは授業の課題ではないのだが、MIT Media Labと同じ建物に入っているVisual arts and Cultureセンターの授業課題でつくられた「手」。
型を作り、ろうそくを流しこんで固めてある。こういう、美大でやるような材料実験的なものと、工学部でやるようなプログラミングが同居しているのが、このクラスのとてもいいところである。
ちなみにこの材料の課題は、とても楽しかった。建築学科で「CAD演習」の次に「コンクリート実験」とかがあるのはいいな~と思うのは、こういう、頭と身体を交互に動かす感じを得られるからだと思う。この時期そろそろ最終課題のことを意識し始めており、僕は遠藤謙さんに、オムニホイールが自作できるかどうか相談に 行っていたのだけれど、彼から大阪大学の多田隈建二郎さんらが研究開発したオムニボールという別のアイディアがあることを聞かされ、おぉ、これならファブラボでつくれそうだ、ということで取り組んだ(とてもうまくいった)。
自作した「オムニボール」。ベアリングが入っていないがそれでもそれなりにアクティブ回転/パッシブ回転する。
必要に迫られて、ねじきり(タッピング)を学ぶ。かなり無理なやり方なのだが、ナットの側面に穴をあけることで簡易的なジョイントをつくってみた。
統合形と、その元となったRhino上でのモデリング、Modellaでの3次元切削の様子
2010年11月8日 モールディング、キャスティング、材料調合 (造形4)
3限
この週、やっぱり面白かったのはShelbyの立体交差鎖。3次元プリンティングの週に、既に機械ではこの加工を完成させていた彼女だが、今週は、 モールディングとキャスティングの組み合わせで鎖をつくってこようとしていた。CalorinaのLED入り半透明サーフェスも綺麗。やはりこういった課題は建築系のセンスが光る。Mattの自分の顔の仮面も面白かったけどね。
4限
来週までの課題は出力デバイスとアクチュエーター。LEDをもちいたChariePlexing、ビデオ信号の出力、PWMを用いた音出力、それか ら3種類のモーター(DC、ステッピング、サーボ)がデモされた。個人的な興味はやはりモーターである。電子工作やインタラクションデザインから入る場合、LEDとスピーカまでは使えても、その先で機械(メカニカルエンジニアリング)の知識が無いと必ずアクチュエーションで行き詰まる。しかしそこを脱さないと本当に豊かな出力インターフェイスをつくることはできないのである。
かつて、僕はこれを「センサーとアクチュエータの非対称性」なんて呼び方をしていた。これだけ千差万別のセンサーがあって、情報を入力する方式はこんなにたくさんあるのに、なぜ情報を出力する段になるとLEDで色を変えるばかりになってしまうのか?という問題提起であった。
ene-geometrix from emushi on Vimeo.
Texmoca#2 from emushi on Vimeo.
そんな問題提起に対して第一期田中研のメンバーは苦労しながらも応えようとしてくれていたのだが、上に載せた関根雅人君の"Ene-Geomatrix"は、化学変化を用いた流体ディスプレイで世界的に有名になった研究である。最近は、SFCでも、こうした新しい表現力を持つアクチュエータや実体型ディスプレイを開発しようとする研究が増えてきた。こうした研究をする上で重要なのが、実は、ロボティクスやメカトロなどの「機構設計」の知識である。本当はここでベアリングやトルクなどの講義もあってしかるべきなのだが、インタラクションデザイン系の演習では得てしてここに手が回っていない(しかしそろそろそれでは限界があることを、みな分かり始めているようでもある)。
Fabduino (この時点ではv2.0)。LilyPADから派生した、オリジナルの「簡易版Arduino」。FabLabの機材と必要最小限の部品だけで制作できるようになっている。なお、ISPにはfabISPかArduinoを使用する。
2010年11月15日 出力デバイス、アクチュエーター(実装4)
3限
この週、僕ははじめてFabduinoで課題をやっていった。PWM制御で音を出すという一番簡単なタイプのもの。
さて、一難去ってまた一難なのだが、この週くらいから顕在化してきた問題は、部品の通販問題である。ボストンには秋葉原も東急ハンズもない。部品の取り寄せはすべて通販で、SparkFunやDigiKeyを使う。しかし これが時間がかかる。1日でも注文が遅れると次の週の課題発表にもう間に合わなくなってしまうのだ。全員がつくるものがバラバラで、各種部品を自分で選んで自分で買わなければならなくなってくると、この問題が大きくなってくる。電子工作は特にそうだ。
こんな経験をして、逆に、「日本(東京)はなんと恵まれているんだろう」ということを思い知る。湯島工房は、秋葉原からすぐのところにあって、やっぱり、すごく便利だったなぁ、と。部品が欲しくなったら自転車で秋月電子まで行けたなんて!
4限
次の週までの課題はコンポジットとジョイント。引っ張りに強いファブリックに、圧縮に強い材料を塗り込んで強度を高め、バキュームフォーミングする。そのための型はコンピュータでつくり、レーザーカッター等で切り出す。手先の器用さ(はんだづけ)とロジック(プログラミング)が求められる電子回路の課題がやっと終わったと思ったら、今週は再び「汚れ系」である。この振れ幅が、いい!!!もう、何をやっている授業なのかだんだん分からなくなってきて、脳内回路が麻痺しているのに違いないだが(笑)。
2010年11月22日 コンポジット、ジョイント (造形5)
3限
この週、僕が作っていったのは、パラメトリック・プラント・ポット。Grasshopperのスクリプトで変数を調整し、植物の植木鉢の型を出力、それをバキュームフォーミングで硬い素材に転写するというものである。この課題は割と「これまでの全部の復習」的にできていて、デザイン→モデリング→プログラミング→ファブリケーション→モールディング→キャスティング、と、すべてのプロセスを網羅している。この種の制作プロセスに完全に慣れることができたのは収穫であった(しかし、それぞれ1週間ずつかかっていた制作過程を、この週は、「全部で1週間」で圧縮してやってこなければならなかったのだ・・・・)。型の材料に使ったのはMasonite。あとからペンチで壊しながら取ることもできるので便利だった。
ラボセッションで面白かったのは、ラティス状に材を組むとすぐに抜けやすいが、ひとつ斜めの材を刺すことで安定度が増すということだった。同時期に建築学科でも、キャスティングを使ったインスタレーションがされており、とても面白かった。
PPP (Parametric Plant Pot)
バキュームフォーミングの様子 模範作品とされた型枠。斜めの材がポイント。
バキュームフォーミングの演習の様子。
建築学科でのインスタレーション。型枠を自作してあり、そこから微妙に形の異なる無数のキャストを生成する。
少しずつ違うものを並べて、海岸線のようなランドスケープをつくるというもの。写真左に偶然映っているのは、DecoiのMark Goulthorpe。
4限
来週までの課題はネットワークと通信 (実装5) 。特に無線通信が強調される。ニール・ガーシェンフェルドのInternet0も紹介された。ラジオづくりのことが説明されていが、やはりきっとニールはラジオ小僧で、アマチュア無線とかはまっていたんだろうな。かつて80年代(まだパーソナルコンピュータが普及する前)、DIYといえば「ラジオ」や「アマチュア無線」だったのだ。僕らの子供時代にはラジコンが流行った。ラジコンも、自動車タイプのものから、飛行機タイプのものが流行った。「遠隔で操縦する」というのがなんとなく夢だった。
それがPCの時代になり、telnetになり、インターネットになり、だんだんラジオから遠ざかっていってしまったのだが、いままたZigBeeなりBlueToothなりでラジオの知識が必要になってきているというのは面白い。プロトコルは物理層が面白い。
そのような歴史を多少知っているからか、どうも「ラジオ」と聞くとハックとDIYの匂いを感じる。FabRadioは、今年のこの課題のなかでつくられた、ファブラボオリジナルのラジオキットである。David Mellis(前年の受講者)も同名の「Fab Radio」という作品を残している。「ラジオ」というものが持つ特別な文化的意味合いを、いまの(日本の)学生たちとどこまで共有できるのであろうか。
2010年11月29日 ネットワークと通信 (実装5)
3限
この週、すでに最終発表を見越した制作に入っていた。ぼくがつくっていったのは、Xbeeを使ったFabduino (Arduino)とモーターとの通信機構。XbeeをArduinoとつなぐのに、すべてのピンを接続する必要があるのかと思っていたら、Akitoに XbeeはTXとRX, GND, Vccの4つだけでいいんだよとアドバイスされて、はたと気がついた。
Rhemiが作ったFabRadioは超低価格ラジオ受信デバイス。僕は最終制作に必死で、これ以上サブゼミに参加できる余裕が無かったが、このRadioはかなり便利に使えそうであった。
4限
もういよいよ最終課題を残すのみ。この時点で、僕は最終制作案を変えた。理由は2つ。日本で行われていたWISS2010で同様のアイディアが発表されていたこと。もうひとつは、やはり今後のことも考えて、「デザイン・マシン」(オリジナルの工作機械)をつくっておくことがものすごく大切だと思えたからだ。商用化されたレーザーカッターや3次元プリンタを使っているだけでは、「ほぼあらゆるものをつくる」なんて、そこまでは豪語できないはずだ。ほぼあらゆるものをつくれるというのなら、レーザーカッターや3次元プリンタ自体も自分でつくらないとね。
決定的だったのは、ある夜、いままで断片的だったいろいろなアイディアのピースがかちりと嵌ったことだ。
最終制作に決めたアイディアは「FabTurtle」。タートル・グラフィクスの物理版ロボットである。ペンやナイフ、ドリルビットなどを搭載し、全方向に移動し、無限大に大きい材料をカットする。亀ロボットの系譜であるウォルターのMachina Speculatrix、パパートのMindstorms、ブルックスのRoomba(脇田玲さんのtwitter参照)にも連なり、レゴマインドストーム、CarlyBotといったメディ アラボのロボットの系譜にも連なる。ジョン前田さんのDesign by Numbersにも連なる。また、糸を吐きながら糊で接着していくような機構をつくれば、Leahの刺繍や手芸コンピューティングにも通じていくだろう。 上田先生やEvrinと一緒にやった、夏のワークショップ「Scratch Fab」のことも思いだされる。そもそも、僕がこの留学中にやりたかったことのひとつが、「アルゴリズムからファブリケーションまでをすべて縦に繋ぐような言語の開発」だったのだ(結局、これは言語ではなくマシンとなったのだけれど。)
なぜ、「いかにもありそうな」こうしたアイディアがこれまでなかったかというと、全方向移動の機構が実現できなかったからだと推測できる。オムニホイール、もしくはオムニボールといった機構が無ければ、1点での回転(タートルグラフィクス)は物理的に再現できない。だから、いまならばこの機構を実現できる。
そしてこれは、RepRapのような自己増殖型機械の「減算型」でもある。FabTurtle自身が、FabTurtle自身のパーツを切削で生み出すことができるのだ。実は、このアイディアは、ニール・ガーシェンフェルドが著書「FAB」のなかでも触れていた。こちらでそのくだりを読むことができる。
すべてが「しっくりと」繋がるアイディアを発見できた瞬間というのは、かけがえのないものだ。バラバラに脳にスタックされていた情報群が、かちりと「統合」を起こすという不思議さ。
自分が影響を受けたたくさんの過去の文脈を"素直に"引き受け、引き継ぐことのできるアイディアが、とりわけ僕の好みである。むやみやたらと白紙からオリジナルのアイディアを出そうとするよりも、ずっと誠実で、かつ創造的である。「派生」はつまり「進化」だ。それは改良かも改悪かもしれないが、しかし知の営みを過去から未来に向かって展開させる。オリジナリティは、アイディアにのみ宿るわけではない。アイディアの展開のさせ方にオリジナリティが宿る場合もある。過去をリスペクトしつつ、同時に自分のクリエイティビティを信じること。それがイノベーションの源泉なのではないかと思う。
2010年12月6日 最終課題準備
電子回路部を除いたデザインモックアップをつくって持っていく。外装は、アクリルのものと板のものと2種類をつくっていった。サーボ、およびペンの はさみこみの留め方に工夫が必要だったが、ここではうまくできた。この週の授業で、LOGO言語で操作するソフトウェアをつくりたいという旨を発表。Ed Bafiiからは「LOGO Bots」を知っているか?というコメントをもらう。
ニール・ガーシェンフェルドがクラス全体に語ったアドバイスは、「失敗するケースの80%は"統合"段階である。部分コンポーネントがどれだけうま くできても、"統合"は別だから」というものであった。Integration is not just an assembling。設計科学や人工物工学でよく語られる問題である。しかし、では「統合」がどのようにすればうまくいくかということに対する問いに対する答えは難しい。複雑なシステムになると、全体を設計し、それを部分に分解し、個別に実装したうえで、最後にもう一度統合する、というプロセス以外にとりようがない。その最後の 「統合」がうまくできるようになるというのは、結局のところ、経験の問題なのではないかという気もしてくる。全プロセスを何度か反復して経験していると、どうすれば「最後にうまく統合できるか」を、「最初に」考えておけるようになる。それは全体をどのように部分に分解するかというところにだいたいかかっているからだ。
ファブタートル(FabTurtle)プロトタイプ
サブゼミ: ベアリングなど, Arduino(David)、Moodkit(Ed)、FireFly(Andy)
2010年12月13日 最終課題発表
さて実はこの授業の後からが壮絶だった。DCモーターからのノイズでFabduinoがハードウェアリセットがかかってしまう問題が解決せず、ほぼ 3日まるで寝ずに当日を迎えるという事態になってしまったのである。安定化電源をつくろうにも、電界コンデンサを入手することができない。部品をすぐに買 いに出かけることができないという環境的ハンデが最後の最後まで効いてきた感じであった。この時点で、アナログ回路の深遠な世界に突入シ、ノイズ対策の難しさを思い知る。
しかしこの年齢で3日(ほぼ)徹夜したという事実は一生忘れないであろう・・・・。
前日には遠藤謙さんにヘルプをお願いしてウォータージェットカッターの切削をなんとか完了させ、当日の朝、なんとかペンを背負ったドローイングのデモを完成させることができた。Processingで開発したLOGO描画ソフトとの連動もうまくいった。キャリブレーションに難はあるが、授業ではなんとかぎりぎりでデモを行うことができた感じである。多くの人にコメントをもらい、将来の可能性を感じることができた。下記に載せるのは当日のデモの様子である。ニール・ガーシェンフェルドのコメントも加えてもらった(撮影&編集してくださった上田先生ありがとうございます)。
3日間寝ていないので、相当、体に来ています(疲労のためいろいろな個所に影響が出ています)
最終課題発表は、履修者各位のクリエイティビエィが堪能できる素晴らしい機会となった。
クラスメートの最終作品群は、また後日ビデオをまとめて公開したい。
(僕は自分の発表にかかりきりでしたが、遠藤謙さんが撮影した他のクラスメートの最終課題写真はこちら、講評(感想)はこちらです。
この経験を通じて、来年から本格的に「デザインツール」「デザインマシン」「デザインマテリアル」の3本立てで研究をしていくスキルが整ったと感じている。ハードウェアからソフトウェアまで、情報から物質まで、レンジを広く構えて「(ほぼ)なんでもつくれる」という確信を得ることができた。その意味は大きい。これまでよりも一段大きな「自由」を実感することができるからだ。
最後にニール・ガーシェンフェルドがこう言ってくれた。
「You are ready to make FabLabJapan!」
・・・そうでした。僕の本当の最終制作は、ファブラボジャパンをつくることなのです。
授業を終えて
通常では1学期かけてやるような内容(たとえば「電子工作」)を1週間でやってしまい、それを12セット続けるというのがこの授業の基本コンセプトである(単純計算でいえば、1学期=半年×1セットで6年かかる計算になる分量を、1学期に圧縮している)。そしてその範囲は本当に広い。ソフトウェアからハードウェアまで。外装設計から内部機構まで。建築からメカニカルデザインからインタラクションデザイン、そして材料の調合まで。情報から物質まで。プログラミングから材料実験まで。頭から身体まで。最終制作は、それらすべてを「統合」することが求められる。つまり大学でいえば「卒業制作」のようなものである。
日本で僕が普段接する人は、物理的な「もの」を作る人はプログラミングが嫌いとか、プログラミングが得意な人はフィジカル・コンピューティングを軽視するとか、そういった双方の「食わず嫌い」が多い。どちらも自分の領分から出ようとしない。しかし、ICCの「アーキテクチュアル・コーディング」シンポジウムで、久保田晃弘さんが言っていたように、「CNCミリングマシンの粉塵で粉まみれになりながらプログラミングするような姿」がこれからの本当に創造的な現場だというのは、まったくその通りであると思う。コンピュータルームで静かにプログラミングをするだけではない。機械室・工作室でつなぎを着て旋盤で加工するだけでもない。その「両方」ができる人が求められよう。実際僕はそんな生活を3カ月間、1日も休みなく没頭して続けられたのだ。
そしてこれだけやることが増えてくると、逆に、アーティスト、エンジニア、デザイナー、アーキテクトらが混ざる意味が出てくる。それぞれ得意不得意もあれば、取り組み方も違うから、つくる(FAB)という共通項を軸にしながら、お互いに学びあえる可能性がぐっと高まるのである。
このクラスにはそういう状況が整っていた。細かいことは授業では教えられない。自学するか、グループでサブゼミで教えあい、学びあう。とにかく課題をこなすという目的のために、あとは自己責任でやるのである。
履修者それぞれが、自分の得意なジャンルも、得意ではないジャンルも、すべてやってみる。最終授業では、履修者それぞれから「私はこれが得意で、これが苦手だということが気づいた」という発言も出ていた。そして「この授業が無かったら、今まで苦手だったこんな作業をやってみようとは思わなかったに違いない」という発言 も。建築系から機械系、情報系までが、全員同じ授業で同じ課題をやってみるということの良質の部分が出ていたと思う。結果として、それぞれがハイブリッ ドになっていく。それぞれの違いや垣根が無くなるわけでないが、相互理解は確実に生まれてくる。
この授業を終えると、確かに、「ほぼ何でもつくることができる」という確信めいたものが生まれる。スピードも速く、詰め込みで、圧倒的な量の課題を毎週こなしたという達成感・充実感なのだろうか。そこから生まれる自信は大きい。これだけの時間を費やし、ものづくりに没頭するというのは実に幸福なことだ。こういう本気度の高い授業を日本でもやらなければいけないのだと思う。「ものをつくる」という経験は確かに人を変える。次は日本で、また次の人たちにこの経験を広めていこうと思っている。それはファブラバーからファブマイスターまでが滑らかに繋がっていく、ものづくり社会を実現したいからである(了)。
補足1:
なお、私は幸運にも日本人で初めての"How to Make Almost Anything"修了者となることができましたが、誰かがあとに続いてくれることを本気で期待しています(特に日本でファブラボを開いて自ら切り盛りしたいと思っている人や、途上国のファブラボで「必要とされるものを現地でつくる」ということを本気でやりたい人!)。また、この授業の上位授業である"How to Make Something that Makes Almost Anything"を修了された楢原太郎さん、それから"How to Make Almost Anything"修了者ではないものの、日常的に研究目的でMIT Center for Bits and Atomsの機材を利用されてきた遠藤謙さんには、敬意を表したいと思います。いつも励ましてくれたMIT Media Lab客員研究員の上田信行先生、最終講評会を見に来てくれた、舘智宏さん、佐野あかねさん、鹿野豊さんにもお礼を申し上げます。ありがとうございまいた。
補足2:
授業を終えて、この日記を書いてみて、ひとつだけ後悔がある。それは、僕自身が自分の得意な領域で他の履修生を助ける「サブゼミ」を自主的に開けなかったことだ。他の履修生からは「僕はこの分野が得意だから、明日の何時から、何時まで、どこどこでセッションを開いて、教えてあげるよ!」という告知が、メーリングリストに大量に流れてきた。毎週1~2回そういした「自主的に学び、教え合う」セッションが開かれ、僕はその多くに参加した。しかし自分自身は結局最後までそういったセッションを開く余裕が無かった。できたはずだが、時間と心に余裕が無かった。正直に懺悔すれば、本来「履修選抜」で求められていた、履修者間で互いに助け合う文化に参加できる人、という期待に応えられなかったことでもある。いや、他の履修生を助けていなかったわけではない。一緒に作業する中で、常に相談に乗っていたし、アドバイスを送ったことも、深夜まで付き添ったことも、デバッグしたこともあった。教えたことも数々あった。インフォーマルにはクラス全体に貢献はしていたと思う。ただしフォーマルにはできなかったことが悔やまれる。
その後悔を消してから日本に帰国したいと思っていたところ、よい話をもらった。
1月3日から28日まで、MITで集中講義(Architectural Design Workshops CityHome)で演習講師を担当することになったことだ。
http://student.mit.edu/iap/fc4.html( See 4.185 )。
実験的な集合住宅の設計を行うカリキュラムで、スマートカスタマイゼーション(Webとの連動)/エネルギー・環境/キネティック・ファニチャー (動く家具)/レスポンシブル・テクノロジー (センサーなど) の4つのトピックを扱う。主に「キネティック・ファニチャー」部門が僕の担当となる。MITで教壇に立てるというこの絶好のチャンスを活かしたいと思っている(というわけで、お正月も、この授業準備だね!)
補足3:
この授業を日本にどうやって導入しようか・・と考えていく中で、いくつか、この授業には欠けているパートがあると思いついたのでメモしておきたい。デジタルファブリケーションやMAKEという文脈では当たり前なのに、このクラスには無い要素は3つある。手芸と刺繍(embroidery)、食(フード)、それからガーデニングである。
手芸と刺繍(embroidery)は、この体験記でも何度か採り上げてきたが、Leah Buechley率いるHigh-Low Techグループが研究として取り組んできた。LeahはAruidnoを布に縫い付けるための派生形"LilyPAD"の現開発者である。日本でも「テクノ手芸」の実践があったり、慶應SFCの同僚・脇田玲さんのグループが服飾とコンピューティングの研究を活発に進めている。しかし何故かニールのクラスではこれがない。「ミシン実習」とか、やっぱりやったほうがいいと思うのだ。
食(フード/クッキング)は、フードプリンタを用いた新しい食の体験をデザインするものとして展開したらよい。チョコレートやチーズを3次元的にプリントアウトできるというのは何もキワモノではない。モーツアルトチョコレートが完全なる3次元球のチョコになるまで、どれだけの苦労があったか知ってる?クッキング実習は、是非この授業でやったらいい。どうせみんな泊まり込んで一緒に炊き出しとかやっているんだから(笑)。
ガーデニング(DYI BIO)は、バイオ×コンピューティングや、農業といった観点からやはり面白い。田中研第1期で栗林賢君が中心となって「植物インターフェイス」の研究をしていたころから思っている。久保田さんや、BioPresenceのおふたりとも連携していけたらいい。「自然観測」はやっぱりとても重要だと思うからだ。
補足4: 「統合」問題
日本に導入する際に気になっていることをもうひとつ。実は、ひとつずつのツールを覚えて、ひとつずつの習作をつくることは、今思えばそれほど難しくはない。たとえば、レーザーカッターを覚えてコンストラクションキットをつくること、ショップボットを覚えて家具をつくること、モデラを覚えて電子回路を切り出すこと。そういた「1ツール1作品」カリキュラムは、きっとうまくいくだろう。
難しいのはやはり最終課題である。ここでは、「この授業で学んだすべてのツールを作品のどこかに必ず利用し、統合的に組み合わせること」という条件があった。最終課題は、まずアイディアありきである。それを実現するために、どの部分をどのツールで加工するか、どの部品を使うか、制作プロセスのすべてを、ファブラボの環境に合わせて分解して、実装し、統合していく必要がある。なんだか「卒業制作」みたいな話なのだが、実はこの段階で、ツールをどこまで自分のものにしているか、そしてどこまで高いレベルで「統合」ができるかが問われる。これができるかどうかが真の意味で「マスター」かどうかの分水嶺になるような気がしている。
このニールのクラスでは、最終制作にたったの2週間しかかけていないということもあったが、この「統合」問題は、少し考えたいところである。
Hiroya Tanaka
2010/12/26